2012年02月23日

命の長さと生活の質

わが家には、個人的な医療相談や育児相談がある。

大抵の場合、子どもなら小さい頃からの気質、大人なら家族関係もなんとなく知っているので、アドバイスしやすい。いや、個人的な知り合いだからこそ、話を聞くだけで解決する事もあったり、こちらも言いたい放題の見立てを言わせてもらえる。

出来る限りの病気の情報や、医療機関の探し方などもアドバイスすることがある。

そうした中で、深刻な事ほど難しいと感じる。

骨折したら、そこは繋げるしかない。
だけど、命に関わる病気の時には、先端医療を受ける事だけが「幸せ」なのかが分からない。
確率で語られるリスクは、年齢や背景を平均化した上での数値なので、いざ当該本人になるとイチゼロの世界なので、あてにはならない。

いや、何が分からないを知らないままに、先端医療を受けている場合もあるだろう。

医療は寿命を伸ばしてくれる。加えて、生活の質(QOL; Quality of Life)を上げてもくれる。
この長さと質が相互(相関)的に良くなってくれるのなら、迷いなく治療を選べるのだけど、侵襲が大きくなるほど、リカバリーには個人差がつきまとう。急性期のリスク、長期的なリスクを考慮することは、医療知識があるものでも深刻な病気ほど難しい。

最終的には、個人の価値観による決断と、戦う覚悟がないと、どんな治療もうまくいかないように思う。
本人が持っている「良くなるイメージ」に近づける可能性があるのなら、外科的治療から内科治療、緩和ケアまで選択肢は広い。どれが正解というのはないけれど、医療関係者ならあるていど客観的な判断ができるのに、それを伝える事が難しくてもどかしい。

考えをまとめるだけの助けしかできないことに、力不足を感じるこの頃。

「自殺は個人の自由」と考えていた時期があって、その頃の私なら先端医療万歳だったかもしれない。
だけど、命は自然の中で育まれたもの。だから、自殺と言う命に対する文化的行為は、人間の行う最も深刻な環境破壊だと考えるようになった。そうすると、こんどは人為的に医療行為で命を延ばすということに、非常に大きな疑問を感じるようになった。

運命論者なんです


ちょっとした痒いとか、痛いとかな治したいけど、命に関わる病気の時は自然のままにしておいて欲しいと思うようになった。
これって命を放棄する事になるのだろうか。

どちらにせよ、私にできるのは、本人の決断をサポートすること。
それが揺らごうとも、寄り添える関係を持っていたい。



posted by ねぇ at 09:58| 長野 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ささいな話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この問題は常に関心があります。

大往生したけら
   医療とかかわるな   中村仁一(医師)

現役医師が提言「死」が恐くなくなる老い方!
「自然死」のすすめ・・・本買って来ます。
知人(78歳)にエンデングノート書いて残すようにとアドバイスしたら、もう書くの?
死に関する問題は、個人差がありますね。
Posted by ヤス at 2012年02月26日 08:58
>ははうえ

心配しなくても大丈夫。
あなたの周りは、あっさりしてますから。

Posted by ねぇ at 2012年02月26日 12:41
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/253651542

この記事へのトラックバック