2012年12月07日

自己承認欲求

自己承認欲求は正式な用語ではないが、承認欲求ならwikipediaにあるようだ。→wikipedia
私がここで述べる自己承認欲求とは、自分を肯定的に評価してもらいたいという欲求のこととする。

最近、教育関係のあるプロジェクトに関わらせてもらっている。
プロジェクトである限り、なにか課題を追求したり、問題解決が本来の目的である。決して、クライエントから感謝されることは副次的なことであり、いくら感謝されても目的を達せなければ意味がない。

さりとて、直接的にクライアントに関わっていると、感謝されると気持ちがいい。
感謝は私のあり方を承認されることであり、感謝されると自己肯定感がアップする。

教育に関わる限り、その人の生物学的な成長や、日常でプロジェクト以外の場面で学習してくることがあるために、プロジェクト単体の効果というのを切り離して考えることは非常に難しい。

何が言いたいかというと、このプロジェクトの効果や成果を見れないために、ついつい感謝の言葉という分かりやすい形で満足してしまいがちという反省である。

私だってもちろん、自己を肯定的に承認してもらいたいという欲求がある。
この欲求を満たすだけで満足してはいけないのだけど、プロジェクトの成果を切り離せない以上、自己を承認してもらうことでしか、プロジェクトの評価をできないという堂々巡りになっているのだ。

やりがいはある。効果は目に見えないだけなのかも知れない。このプロジェクトを企画した人が身近にいないから、確認のしようがない。これが大問題。

医療や福祉でも同様なのだが、クライアントからの感謝というのは得やすい。しかし、それが問題解決に繋がっているかというと、必ずしもそうでないだろう。

やるだけで満足したくない、そう思いながら、クライアントに関わっている。自己承認欲求の充足は、副次的なものであることを忘れないでいたい。

posted by ねぇ at 15:42| 長野 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ささいな話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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